LFI Galleryの認定50回突破と展示の話

コロナ禍で生まれたスキマみたいな時に、ふと思い立って投稿を始めたライカのオンラインギャラリー、LFI Gallery。
普段あまり自分からは表に出さない女性たちを撮った写真を投稿している。
投稿を始めたきっかけは以前記事にしているので、そちらを見てもらったほうが良い。
nowarl.hatenablog.com
2年前に投稿を始めたときに、なんとなく30回認定を目標にしていた。なぜかと言うと、30回載る頃にはコロナ禍も終わってるでしょ…って思っていたから。
で、去年これはまだ続きそうだなって50回認定に目標を変えた。
6月始めに50回達成して、今52回認定されたところ。
最初の1年はポートレートが載っていたんだけど、去年のB.L.T前後からヌードとかセミヌードとか、いわゆる”センシュアル”な写真ばかりが載るようになった。
たまにポートレートも載るんだけど、自分でも”撮るポイント”が変わってきたなって感じていたので、見る人が見たらまぁそうなるよね…と納得はしてる。
nowarl.hatenablog.com
というわけでここに貼れる写真も少ないし、別に「誰かが認めてくれてる」って事実だけでお腹いっぱいだったのだけど、意外とリアルに自分の写真活動を知っている人たちが祝福してくれて嬉しかった。
L1003711
あ、でも52回目にこの写真選ばれたのはめっちゃ嬉しかった。
be-lab-gallery.com
そして今年もB.L.Tの季節がやってくる。
暗室でのプリント作業も50%くらい進んできた。最近やっと頭の中で思い描いた写真がプリントできてきた気がする。
今回も誰よりも写ってくれた人に響く展示になれば良いなー。

 利き目

使っているカメラのファインダーを覗くのは右目?左目?
自分は必ず右目。
イカもマキナもレンジファインダーだから撮影の時には特に右目を酷使することになる。目が乾燥するのも右目だけ。
あんまり疲れているとGR1やGRでノーファインダーで撮る。でも、半身で構えた時に右手にある被写体は思った通りに狙えるのに、左手にある被写体はちょっとずれていることが多くて、右目で見た世界なのだと強く感じる。
R0003037
GR meet 47というイベントに参加した。フォトウォーク的なイベントに行きたいなっていう気持ちもあったんだけど、写真は一人で撮るもんだとずっと思ってやってきたし、団体行動が苦手なのでたぶん行かないだろうなって思っていた。たまたま家でボーッとしていたタイミングで案内メールが飛んできたから参加できた。いろいろタイミングがすごかった。
撮影会は自由だったので適当なタイミングで集団から抜け出して、”いつもの京都”をぶらぶらしてパチパチ撮った中から講評用に2枚選んだ。2枚ってのが本当に良かったのと、津田直さんと中藤毅彦さんに講評されるのは嬉しかった。正直、講評のためだけに行ったようなところもあったから尚更。
R0003075
まぁでもやっぱり写真は一人で撮るもんだと思う。
GRみたいなカメラは特に。とはいえ、カメラは何でも良いなって思うことが最近多くて、本当に大事なことって何で撮るかじゃなくて何を撮るかだから。

写真を巡る旅に出たい。

 消えていくものを遺したい

開戦以降、戦争写真を撮りたいっていう人が意外と多いことに驚いている。
宮嶋茂樹氏が「戦争は撮っておかないと後で”なかったこと”にされてしまう」と語っていたが、激戦地となっているマリウポリを去るジャーナリストが無念さを滲ませて同じようなことを言っていた。ただ、「生きて帰らないとお前の写真は嘘だと言われてしまうから、生きて帰ってくれ」と現地に残る警察官に告げられたことも記録に残していた。
写真の「記録性」と「信憑性」が究極的に求められて利用されまくる、その極地が戦争写真なのかもしれないなって、流れてくる戦争報道を見ながら考えていた。
f:id:nowarl:20220410195846j:plain
今はまだ平和な日本で、良い写真ってなんなんだろうって思いながら、いろいろ考えていたら3月はスナップ的な写真をあまり撮れなかった気がする。
現実には撮ってるんだけど、どうにもどうでも良い写真ばかりで、自分の気持ちとチグハグな感じ。
f:id:nowarl:20220410195902j:plain
何が撮りたいんだろうかって考えていると、消えていく街とか消えていく人とか、そういういつか存在だけじゃなくて記憶からも消えていくものを、なんとか記憶として脳味噌に縛り付けておきたくて写真を撮っているんだと思い出した。
忘却って、人間の素晴らしい脳味噌の機能の一つだっていう人もいて、なるほどなーって思ったりもする。誰だって嫌なことは忘れて眠りたいんだ。
でも、いつかの素敵な誰かの顔を忘れてしまうのは切ない。
f:id:nowarl:20220410200318j:plain
淡く人も撮りながら。

 「誰か」って誰だ

2月が本当にあっという間に過ぎた。
あっという間と言いつつ、思い起こすとなかなか濃い時間を過ごした気もする。
モデルさんが主役のいわゆる「モデル展」に写真を出したり、沖縄で撮りためたネガの中から3月の展示用の写真をプリントしたり。
そういえば、2月は一人で何かをすることが多かった。
_P2M2478
誰かと写真を一緒に撮りに行くとか楽しそうだってずっと思っていて、フォトウォーク的なものに憧れたりもする。
でも、「誰か」って誰だって思うと、写真を撮るっていう自分としては少し内省的な行為をともにして欲しいって対象がそんなにいないことにも気づく。
別に誘われたりしたら断らない性分なんだけど、そこで撮る写真って、一人で撮っているときの自分ではなくて「誰かと一緒にいる自分」の写真になりそうで怖い。怖いというか、そうなったら色んなことにがっかりしそうだなって思う。
L1009310
人の写真を撮るのだって同じだ。
よくSNSで「被写体募集」なんてハッシュタグを見かける。いつもちょっと違和感を感じる。
撮る基準は人それぞれだから、色んな人がいるし、否定も肯定もしないけど、自分は都合の良い日に良い感じに写ってくれる「誰か」を撮りたいんじゃない。
だから募集はしない。
_P2M2526
みんな「誰か」じゃなくて「あなた」なんだ。
一人一人に名前があって、帰属する何かがあって、特徴がある。たぶんそういうのが組み合わさって「個性」がある。
それをぺしゃんこにしてしまう戦争が、至って普通に起こった。自分たちと変わらない文化水準の街に爆弾が降ってくるなんて。
動揺しながらも、自分の今日を生きるしかない。

 CAPE OF GOOD HOPE

年末に過去にGRで撮った写真を片っ端から見返して、フィルムのGR1で撮ったネガはプリントしてデジタルのGRで撮ったデータはフォトブックにしていった。Gallery Room 305で今年の初っ端に開催された「GRと私。」展に参加するためだ。
GRはフィルム、デジタル問わず日常的に使っているカメラで、ライカよりも遥かに付き合いの長い愛機。もともと、2022年は展示機会を増やしたいな、どこか出したいなって思えるギャラリーの展示には参加しようって決めていたから、さくっと出展を決意した。
デジタルデータはとにかく半端じゃない量の中から好きな写真を選抜して行って、ずらっと並べて濃淡やコントラストを合わせていく作業に没頭した。膨大な量の写真から自分の心情に合わせて選んでいくと自然と方向性が固まっていくのが面白かった。
f:id:nowarl:20220130084530j:plain
銀塩プリントはとにかくキャビネ版に焼きまくった。めちゃくちゃいろんな種類を焼いていったつもりだったけど、最後の方には、実は撮っているものって偏っていて、それがたぶん選択する自分が今心地いい写真なんだろうと思って、それを六つ切りに焼いた。なんとなくだけど、大きな印画紙に焼くよりも六切りくらいのサイズ感がGRっぽさが分かる気がしたから。
銀塩プリントを5点とフォトブックをギャラリーに置いてもらった。「GRと私。」という展示趣旨に対してプリント5点では物足りなかったのと、今回はデジタルをプリントする気はさらさらなくて、デジタルはなんか別の形で…と思っていた。結果的に、銀塩プリントの続きがフォトブックにあるような構成にできたのはよかった。
f:id:nowarl:20220130084507j:plain
展示をしてしまえば、なんとなく自分の写真が自分だけのものじゃなくなった気がして、安堵する。それが多数の人が見ていてもそうじゃなくても。
Gallery Room 305では「GRと私。」展の翌週の「写真とロック」展にも出展した。こっちは完全にデジタル作品でA4額装を2点。プリントもギャラリーにお願いしてしまったけど、そういえばプリントまで全部お任せして展示するのって初めてだなって。自分の手から簡単に離れてどっか遠くまで行ってくれるのはデジタルの良いところかもしれない。
f:id:nowarl:20220130084720j:plain
「世界の果てまで行きたい」ってずっと思っていて、「世界の果てって英語でなんて言うんだろう?DEADENDかな?」なんて考えていたけど、昔、世界の果てだった場所が「希望峰」になったみたいに、いずれ海の果て空の果てなんて、どこかの誰かが見つけて超えていくんだろう。「世界の果て」なんて自分の想像の限界に過ぎないんだろうって思って、フォトブックのタイトルを「CAPE OF GOOD HOPE」にした。
今年は自分の諦めを超えていきたい。

 去りゆく2021を思い返す

2021年はどんな年だったんだろう。
写真は相変わらずよく撮ったけど、展示の機会は企画展参加が2件、企画した展示が1件だった。
2020年は企画展参加が5件、企画した展示が1件だったから割と減った。少しそこは物足りないなーと思いつつ、プリントして展示に持っていきたい気分でもなくて少し内省的な時期が多かったから、仕方ない気もする。
その代わり、とてもいろんな写真展に足を運んだし、ブックフェアにも出かけて知らなかった写真家の人をたくさん知れた。
f:id:nowarl:20211231144910j:plain
昔から大好きだった写真家はもっと好きになった。

毎年恒例になっている展示「B.L.T」後の記事も書いたけど、自分のリアルな写真活動を知っている人たちから本当に良い「気づき」の機会に恵まれた1年間だったと思う。

「機材」ではなく「機会」に投資したいと思っていたから、そこは達成できた気がする。けど、もっといろんなことがしたいなーという欲が出てきた。


今年ほんとよかったなーと思っていることは、時々思い出したように投稿しているライカのオンラインギャラリー「LFI Gallery」で12ヶ月一度も欠けることなく認定され続けたこと。これは勝手に自信になった。
apply rouge
自然に撮った写真が選ばれると尚更嬉しかったけど、特にこのカットが選ばれたのはかなり驚いた。


それと、なんだかんだでいろんなところへ行けたこと。コロナ禍だから何もできないって呪縛は今年割と晴らせたと思っている。もちろん、感染拡大防止の邪魔になるような無謀な旅程は組んでいないし、ありえないけど。
mothers & sons
年の瀬にのんびり1人で沖縄に行って、ただ普通に街に溶け込んだように何も特別なことをしないで写真を撮っていた日々とその選択をできた自分が嬉しい。


2022年はどんな年になるだろうか。もっと色んなところへ行って、色んな人と関わって写真を撮りたいなーってただそう思っている。
来年も「機会」と「気づき」に恵まれますように。

 大人になってもわからないものはわからない

いつか願いは叶うとか、夢は叶うとか、行動しなければ何も起きない。
どうすれば良いかを教えてくれる人なんて実はそんなにいないし、いたとしても見返りが必要になる人がほとんどだ。
無償で願いを叶えるために動いてくれる人って実は親くらいしかいないんじゃないかと思う。
最近、新幹線のアナウンスで「お客様同士の諍いが増えている」とアナウンスを聞いた。みんな余裕がないんだろう。
f:id:nowarl:20211212230725j:plain
10月にもう6年以上愛用していたGR10が壊れてしまって、綺麗な予備機は用意していたんだけど、あまりにショックでフィルムの消費量がガクッと落ちた。
海外では直してくれる工房があるという噂をもとに、直してくれそうなところに片っ端から英語でメッセージを送ったら、受けてくれるところがあって、先日やっと帰ってきた。丁寧に直してくれていた。今回はシャッターとLCDを直してもらったけど、ファインダーのバルサム剥がれも直せるらしい。恐るべし海外工房。
f:id:nowarl:20211212230751j:plain
焼肉に行きたいなーって思っていて、久しぶりに近所の焼肉屋に行ったら「タンがないんよ」っておばちゃん店主。
ええ、なんで…牛肉高騰の煽りで、以前の価格で出せないから出せないって…。なんか印画紙も一部値上げって聞いたし、物価上昇待ったなし。
f:id:nowarl:20211212230819j:plain
年明けに出す展示のために2016年からの5年間のネガをひっくり返しつつ、保管していたRAWも片っ端からチェックしていったら、なんとなく自分の心地良い画角というかフレーミングがわかって面白かった。
継続していこうと思った。
継続したらどうなるのかわからないし、どこに到達したいのかもわからないけど、とにかくもっと良い写真を撮りたい。